大辞林 第二版 (三省堂)によると、仁とは「己に克ち、他に対するいたわりのある心。儒教における五常の一つ。」となっています。
「武士道」では、「民を治める者(人の上に立つ者)の必要条件は仁にあり」と言っています。また、他者の感情を尊重することから生まれる謙虚さが「礼」の根源であるとも言っています。
よく時代劇等で「武士の情け」という言葉を耳にします。これは、盲目的な慈悲ではなく、正義に対する適切な配慮を意味しているようです。僕の解釈では、むやみに他者をいたわったりあわれむのではなく、TPOに応じて相手の立場に立って物事を判断することと思っています。
例えば、ある闘いにおいて勝敗が決したとき、敗者が虫の息で死の寸前であったとします。勝者が敗者に近づいてとどめをさそうとしたその時、敗者がこう言います。「せめて自害して名誉の死を遂げたい。」と。勝者はうなづき、敗者が切腹した後、介錯として首をはね、ほぼ即死状態となります。
人を殺すことは残酷なことではありますが、「武士」という職業はいわば戦って勝つか負けるかしかなかったように思います。その中で、楽に死なせてあげることが一種の「慈しみ」である場合もあると思うのです。
近年、「尊厳死」という言葉があります。一昔前は「安楽死」といったでしょうか。だまって死を待ち、醜い姿かたちになって死ぬより、人間らしい姿かたちのうちに死を迎えたいと願う人に、どうして延命措置を施せましょうか。極端な意見かもしれませんが、「尊厳死」を選択する家族は、恐らくこの「仁」の心で決断するのだと思います。むやみに「尊厳死」を歓迎するわけではありませんが、楽に死なせてあげることも「他者へのいたわり」ではないかと思います。



















