大辞林 第二版 (三省堂)によると、切腹とは「江戸時代、武士に科した死罪の一。武士の名誉を重んじた死罪で、切腹は形だけで実際は背後から介錯(かいしやく)人が首をはねた。」となっています。
「武士道」ではまず、なぜ「腹」を切るのかが説明されています。「腹」には、霊魂と愛情が宿ると考えられていました。よって、魂の宿るところを開き、けがれているか清いかを正すよう身をもって示したのです。
サムライが、身の潔白を証明するために切腹という手段に訴えたのは、上記のような理由です。この行為は、武士にとって最も名誉ある死として受け入れられていました。切腹は一種の儀式であり、その死の間際まで決して苦しんではならない、あるいは苦しい表情を他人に見せてはならないのです。これこそ「克己」の極みです。
しかしながら、そうであるが故に取るに足らない理由で切腹したり、死んではいけない場面であっさりと切腹するといったことも横行したようです。
真の名誉とは、天の命ずるところを全うすることであります。そのために招かれた死は、不名誉とはされません。しかし、天が与えようとしているものを避けるための死は、卑劣極まりないのです。「勇」の項でも述べましたが、「生き延びる勇気」も必要ということです。
近現代においては、「切腹」という制度は無くなりました。法治国家においては、法に基づいて裁きを受け、有罪ならばこれまた法に基づいて刑が執行されます。
それでも、非合法な切腹は未だに後を絶たないといいます。ただ、武士道における切腹は冷静さに裏打ちされた崇高なものであり、単なる「自殺」とは分けるべきとの意見もあるようです。自分の信念を世に知らしめるための自殺として「切腹」を選択することは、いつの世にも受け入れられる特別な手段なのかもしれません。



















